NPO法人秋田スポーツPLUS~こどもたちの毎日にスポーツをプラス!~

秋田のスポーツの「今」と「これから」が見える『加藤光平備忘録』 vol.2

vol5新着

サッカーを仕事にするということ

指導を始めて24年、自身でスクールを立ち上げたのが2002年から。勤めていた会社を辞め、サッカーを現行のような事業として開始したのが2013年のお盆から。なので、この夏で8年を経過したことになります。

この8年の間に起こった事や現在の姿は当時の自分には到底想像出来ないものでした。学童を開所したり、それが2つになったり、テレビでしか見れなかった素晴らしい選手達との出会いや、2019年のアイスランド訪問。自分の人生の中でまさかアイスランドや大使館などへ足を運ぶ機会が訪れるなど想像もつかないことでした。

スクールが大きくなって、選手が海外に足を運ぶようになったり、進路を県外に求めるようになったり、昨年からのパーソナル等の提供の開始など、特にその変化が加速している昨今、来年の2022年にこのASPがどうなっているかは全く想像できません。

俯瞰的に見ても事業として沢山の案件を通じてあらゆる可能性を探っている今日この頃、来年以降の秋田スポーツPLUSを最大値から最小値の幅である程度想像はしていますが、想定される最大の姿になるとすれば、もう劇的と言える変化に自他ともに驚き、そして嵐のような毎日を迎えるだろうなと思いますし、それが楽しみでも、恐ろしくもあります。

さて、そんなわけで今回はこのサッカーという事業を「仕事」として少し掘り下げてみたいと思うのですが、まず、サッカーを仕事にするという事は、まずその「サッカーを仕事にする」をどう定義するかというところから話は始まります。よく言う「サッカーの指導で飯食えたらな~」といういわゆる指導のみで生計を立てるという意味で成り立たせるイメージだとすれば、それはもうほとんどの人が不可能だと自分は考えます。

Jリーグで活躍しても、元日本代表であっても、S級ライセンスを保持していても活躍の場が無い方も沢山いる世界、秋田の片田舎でただ自身のサッカー経験に基づいた指導だけで生計に見合うだけの原資となる集客を起こすのは難しいわけで、言い換えると「1日2時間程度ピッチで笛を吹くだけで月に30万、40万もらえる人になりたい」と言っているわけなので、そんな夢のような甘い考えは捨てるべきだろうなと。ピッチレベルの指導だけで生計を立てるのではなく、仕組みやマネジメント、つまりはピッチ外の要素こそが「サッカーを仕事にする」を成り立たせる大切な部分だろうと考えます。

ですが、秋田でサッカーというフィールドはほとんどがボランティアで構成されている為、そこで行われている慣例をスポーツの常識として活動して知らず知らずの内に身に刷り込まれている中で「いつか指導者で~」という思いだけではどうしてもそれまでの習慣やマインドを外せない為、おおよそ到達出来ないというのが実際のところです。

様々な課題解決に対してのアプローチ、あるいはマインドがロジカルで合理的ではなく感情的でアマチュア的だからです。プロの組織ならば、プロとして活動しているならば、あるいは企業であれば当たり前に行うべき事がアマチュアのスポーツシーンでは実行されない事例が多々あります。

課題に対して他責であったり、口だけ、打合せばかりで解決が無いとか、提案はあるのにやらない理由ばかり上げて行動が無いとか。サッカーに対してのモチベーションと情熱が揺るぎないものであれば課題に対して自ら向かうのが当たり前。考える余地も無く当事者の誰もが瞬発力でやるもの。本気でそこに携わっていれば間違いなく勝手に行動は起こっていくものだと考えますが、そこに至らないのは秋田のスポーツ環境に漬かり過ぎた事による弊害。むしろ、サッカーに携わった事のない、一企業がビジネスとしてスポーツに参入する方が、課題に対して合理的かつ計画的でスピーディーに目指す姿を実現できると考えられます

気持ちと姿勢が行動に直結する

「先進国・先進県に学ぶ」「いいものを取り入れる」こうした自分の足を運んで見て学ぶとか、事例をトレースして良いものを取り入れるなんて事を今の自分の立場で発信すると、「そりゃあんたは仕事だからね」と言われるかもしれませんが、自分はサッカーが仕事でなかったスポ少やクラブのコーチ時代から今と変わらずそうであったし、その行動の積み重ねが今に繋がっているだけで、指導による所得の有無でそこの行動に差異は1mmも無いので要はその人の資質、気持ちの違いだけだと考えます。

「ボランティアだから」で済ませると全てが肯定されてしまうのですが、同じようにボランティアでありながら凄まじい情熱で日本中を動き回り、学びを止めない指導者の方々は全国に数え切れない程存在しているので、課題に対して動かない、指導を学ばないという、それを肯定する理由として「ボランティアだから」というフレーズを持ってくるのは、繰り返しになりますが日本中、世界中の同じような境遇で情熱を持って指導にあたる数多くの指導者の存在からして成立しないと考えます。

自分も今でこそ県外でのカンファレンスや展示会、ライセンス講習、視察と、仕事として経費で行く事が出来ますが、それも「仕事だからそりゃ行けるでしょ」「会社のお金だからでしょ」じゃなく、サッカーを仕事とする前から日本全国に自費で足を運び続け、ブラジルでもスペインでも、働いて貯めて自費で行っているので「仕事あるから休んでまでいけない論」や「サッカーは仕事じゃないからそこまで自分のお金かけられない論」は個人的には納得の域に達しません。

JFAスポーツマネジャーズカレッジも、セッションごとに東京のJFAハウス、群馬、神奈川、鳥取、鹿児島など様々な県で事例視察があったので、秋田から参戦した自分は結果的に海外留学時と同等の費用がかかりました。ですが、この学びや経験によって将来サッカーを仕事にするんだとか、いつかこの払った分を回収してやるんだとか、そんな事は微塵も考えた事がありませんし「見たい」とか「行きたい」とか「勉強したい」という気持ちがただただ身体を動かすだけ。

サッカーが好きで、教える事に生きがいを持って臨んでいればごく自然な事だと思うので、ただでさえビハインドな環境のスポーツ界でそうした思いと行動がない人間では特にサッカーという競技の中で仕組みを作って成り立たせる所まで到達するのは不可能だと思います。

子供達の将来に触れる責任とは

サッカーが好きという気持ちは非常に大事、ただ、サッカーだけが何から何まで全てを解決するツールではないので「サッカーさえあれば」「サッカーさえしていれば」というメッセージを発する人は、本人がただそれを好きだから全てを後付けでその方向に無理くり設計しているケースが多いなと感じます。

特に我々の様に育成年代に携わる者は子供達の将来を見据えて考えていく必要があり、その観点でいくと、大切な物、必要な物を探る内にどんどんサッカーから離れていく現象が必然的に起こります。当然です。子供達の健全育成という大きな目的を真に考えた時に「サッカーさえやれば」なんてことはありえないわけなので。

その視点で現在の秋田スポーツPLUSを見て頂くと、多種目のスポーツであったり、学童保育であったりと、子供達の身の回りの環境、課題解決や選択肢の提供という視点で事業が形成されていて、チームとして活動しない、サッカーだけじゃないという現在の活動、いろいろやっているように見えても全て「子供達の」というところに帰結している事をご理解頂けると思います。

子供達に必要な事を、サッカーに限らず我々が提供できる範囲で提供し、進めていく事は、結局それが自身の教えたいサッカーという事業を持続可能にする仕組みを形成する事に繋がっているという、言うなればプレーにおいてオンザボールの結果はオフザボールの質で決まるように、ピッチ上での指導はオフザピッチの仕組みによって成立するか否かが決まって来ると。サッカーを仕事にするという今回のテーマ、これが要点かなと思います。

自分が携わるサッカーを事業として見ると8年経過した今でもまだ軌道には乗っていません。続いてはいるものの、未だ安定には程遠いです。自分が抱える全ての事業を一つの法人内に集約して一本化した昨年11月、そしてその1年目となるこの2021年度は基礎固めと来年に向けた助走の1年となります。専用グラウンドの創出や施設移転、新規事業へのチャレンジなど、それらは全てスクールや学童などの事業の持続可能性を高め、提供の質や選択肢を高める上でも大切な要素となります。それぞれの実現の可否やスピード感はこの夏に次々に結果として出てくる予定です。来年に向けワクワクするような結果を発信出来る事を期待してこの重要な期間を1日1日全力で進めていきたいと思います。

加藤 光平
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